こんにちは,子供の頃からお通じが悪い,(Tmotei)ティモテです.
私は小学校1年生の時に1+1を教えてもらったのですがさっぱり意味がわかりませんでした.
幼稚園の時も全く文字を書くこともできませんでした.
そして小学校3~~4年生くらいの時か? 先生の教え方がえらくうまくようやく,1+1を覚えをことができました。
以前にも言ったかも分かりませんが私は小2から特別支援学級ですが、1+1とか1引く1の教え方はとても上手だったと思います。
ですが、九九を教えてくれて以降先生は、全くと言っていいほど勉強は教えてくれませんでした。
まあ子供のいない私が生意気なようですが、 世の中の親御さんの多くは、子供にスポーツや勉強やいろんなことを習わせてみて、 スポーツをやらせて見て全くできないとあは才能がないんだなと思う方は多いそうです。
先生の教え方が悪いだとかやり方が悪いだとかという風になることが多いです。
確かにそういう側面はあるかも分かりません。
まあ私がバカだったからこじつける様ですが、勉強にも才能というのがある程度はあるのではないかという風な気がします。
もちろん私の小学校の先生や中学校の先生のように、怠慢であまり勉強を教えない、先生もいらっしゃいます。
きっと面倒くさかったのでしょうね。
この本に勉強にも才能だよということも書いております、
きっと池田清彦先生は確か大学の先生だったんですよね、昭和23年なのでもう引退はしたのかと思います。
教員時代に親御さんに散々先生の教え方が悪いから、うちの子供はできないんだと言われたから、勉強も才能なんだと言った、言い訳的な要素もあるでしょうけれども。
話を私に戻します。
私は18歳くらいの時に、公文式に行きました、関係ないけどその時なんですよね私の大好きな氷室京介の魂を抱いてくれという歌を発表したのは。
本当に公文式というのは素晴らしいと思います。
その子供ができるところから勉強を始めて間違えたら何度も何度もやり直させるからです。
私はこの公文式のやり方を、 幼稚園の頃から、幼稚園や学校に取り入れればいいのになと思っております。
皆様方はどう思いますか?
また話を私に戻します、そんな私が公文式の続かなかったのはなぜかと言うと、 当時はダブルワークをしてて、昼も夜も働いていたからです。
それは当時の私は仕事がさっぱりできなくて、覚えるのも悪くて今でもそうなのですがたちまちすぐ疲れやすくて、 自分を変えたいと思ってある自己啓発の本に、はまってその人にお会いしたかったからです。
その人は1947年生まれで、2016年に亡くなられましたけれども。
それと公文式をやめたもう一つの理由
それは当時も今もそうなんですけれども、フラッシュバックと言って、 思い出し怒りが勝手に出るんですよね。
私は幼稚園に入る少し前から、親に怒鳴られ暴力ばかり振るわれ、 幼稚園や小学校でもひどい目にあったし、その反動もあってか、ものすごく障害の重い子に嫌がらせをしたという黒歴史もありますし。
そのことを何の前触れもなく勝手に思い出すもので、公文式は続ける事が出来ませんでした。
ですが私は素晴らしいと思ってますよ。
そんな私が7年前に、知り合いのおばあさんが、ある政党の党員をやっていたので、新聞を読んだら、なぜか急に政治的なことに多少は詳しくなったのだから世の中わからないものです。
それとやっぱり幼少期というのは大事ですね。
幼少期の頃に公文式に入って、そういう嫌な思いをしなかったら私も少しはマシな人間に慣れていたのかもしれません。
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早乙女じゅんさんは柴田恭兵さんが好きだということです。